こんにちは。底辺おやじです。
人生行き詰まり、派遣でも働けない程の訳ありだと、新聞などに掲載されている求人しか働けない状況に陥ります。
私が、借金からの逃れ逃亡生活をしていたのは、2008年~2009年頃の2年間です。
当時は、名古屋市内の解体会社で日雇い人夫として働きました。その当時の状況を赤裸々にお伝えしますで、興味ある方は参考にしてください。
名古屋市内で日雇い解体工として働く
正式に、何というのかわかりませんが、当時は、日雇いの人夫出し、飯場なんていう言葉で通ってました。
初めての日雇いの人夫出し(日雇い解体工)は、名古屋駅でサウナなどに宿泊しながらパチンコで生活していた時。ついに、手持ちがなくなり新聞にあった求人広告を見て、公衆電話から掛けたのが最初になります。
青松工業

青松工業
〒454-0013 愛知県名古屋市中川区八熊3丁目19−10

最寄り駅は、JR東海道本線、中央線などの「尾頭橋駅」になります。
名古屋駅周辺の公衆電話で「新聞の求人広告を読んで電話しました」と告げると名古屋駅ちかくにあった「琥珀(KOHAKU)※現在は閉店」というパチンコ店の前に車で迎えに来られました。
青松工業の面接
当時は、履歴書も必要だったと記憶しています。もしもの時を考えて、あらかじめ用意していた適当な(嘘半分)の履歴書を見てもらい、即入寮です。
青松工業の寮(食事、風呂、寮費)
部屋は3畳に簡易的なベット、小さなブラウン管テレビ、ハンガー、エアコン付きです。
風呂はなくて、お金を入れるとシャワーが出るコインシャワーが3つ位ありました。
食事は、3食提供されます。朝と昼は小さな食堂で食べるのですが、必ずキムチが置かれていました。作ってくれたおばさんは、優しい感じでしたが朝鮮系の人だなとすぐ分かる顔立ち。
寮内にある自動販売機は、通常の2倍近い金額だった(ビールなどは)と思います。
寮費は、1日3食込みで2500円だった思います。
青松工業の前借り(日払い)
午前中で、お金が全くない事を告げると1000円貸してくれました。
日払いは、1日2000円で、2週間後以降は週末にプラス5000円だった感じでした。なので、当分はお金が貯まらない状況です。
青松工業の仕事内容と給料
仕事は、全て解体でした。いわゆる人夫出しで、解体業者に派遣する感じです。今の派遣みたいなものですね。
現場は、車で1時間~2時間など様々です。
給料は、未経験と告げると1日9000円だったと思います。
安全靴や作業着は、中古を貸してもらいました。
青松工業の思い出
1番記憶に残っているのは、三重県の四日市市へ行った解体現場です。
とにかく尖ったヤンキー上がりの人が厳しくて言葉も悪くて地獄でした。家の屋根の瓦を落とす作業で、3階部分もあり恐怖でした。
5日ほど勤務したのち、とんこ(バックレの夜逃げ)をしました。
日本工業

日本工業
〒457-0054 愛知県名古屋市南区砂口町
たぶん、愛知県で1番大手の日雇い解体工(人夫出し)の会社です。
社員だと12300円~、アルバイトだと10000円~。通常の採用はアルバイトになります。
仕事内容は、工場・解体・土木作業ですが、解体げメインです。他の解体会社とは違って仕事も豊富なので、土木も多いです。
また、工場勤務もあり、その場合は優遇がさらに良くなります。
日本工業の面接
日本工業の面接は、大きな食堂で行われました。
履歴書は持参してなく、会社が用意した面接用紙に、名前と住所、連絡先書かされました。名前はそのまま正直に書きましたが、住所と連絡先は適当に書きました。
日本工業の寮(食事、風呂、寮費)

出典ーhttps://townwork.net/detail/clc_1870963001/
部屋は2.5畳。当時は、ブラウン管テレビとベットがあるだけでした。奥の方は、新しい建物で、テレビも最新の液晶テレビで、綺麗な部屋でしたが同じく2.5畳でした。
風呂は、大浴場で、自動車製造メーカーの寮に近い感じです。洗濯は、コイン式の有料です。
食事は、朝と夜のみですが、かなりボリュームもあり美味しかったです(お替りも自由)。仕事に行けない人は、3個までおにぎり(無料)がもらえました。
寮費は、食事代込みで1日2000円位でした。食事が最高だったので良心的だった記憶があります。しかし、工場勤務になればさらに優遇され1ケ月20000円(1日あたりで650円程度)。
日本工業の前借り(日払い)
日払いは、最初だけ3000円で、以降は4000円位貰えた記憶があります。2週間程度を過ごせば、週末に5000円前借リ出来た記憶があります。
日本工業の仕事内容
日本工業の仕事内容は、解体工が基本ですが、他の会社と違って土木や工場勤務もあります。
解体や土木は、1日10000円程度だったと思います。その後、工場勤務にあなり、時給は1300円位でした。
日本工業の思い出
日本工業には、半年ほどお世話になりました。最初の1ケ月は、解体工でしたが、工場勤務を進められ、5ヶ月ほどで80万位は貯まったと思います。
寮費も食事込みで2万円。解体工の人よりかるかに待遇が良く、お金も貯まるのですが、風呂も食事も当然ながら解体工達と一緒です。
社長の妹さん(女帝と呼ばれた)に気に入られている感じで、居心地も悪くはなかったのです。
解体工でも縦組織が確立しており、休憩のジュースなどは上の人間が下の人間の分まで払う感じでしたね。
当然、元ヤンキーの強面さんが沢山いましたが、性根が悪い人が少なく、面倒見も悪くない感じでした。
豊大(とよひろ)

豊大(とよひろ)
〒490-1144 愛知県海部郡大治町西條苅屋橋54−54
名古屋市に隣接する大治町にある解体工の日雇い人夫会社。
おびただしい自転車の数で、免許も無いクズ人間が多いです。
豊大の面接
豊大の面接は、名前と住所くらいで簡単でした。が、未経験(嘘)というと日給10000円から1000円引かれて9000円でした。
豊大の寮(食事、風呂、寮費)

寮費は、1日2000円位だったと思ます。私が勤務したのが新築で建てたばかりの寮でしたが、15年ほどで、上記の様にヤニが染みこんだ感じで少し汚いですね。
部屋は、3.5畳程度で、テレビと、布団付き。エアコンはコイン式の有料でした。現在の画像からエアコンはコイン式ではない感じにも見えます。
上記は駐車場側の部屋。道路側だとベランダがあり、少し開放的です。

風呂は、大浴場とは言い難い中浴場。中盤から終盤だとめちゃくちゃ汚い湯舟で、とても入れる感じはなかったです。

食事は、朝と夜のみ。朝ごはんは、ご飯と味噌汁、納豆か生卵だけの簡易的な朝飯です。画像は、私が勤務していた頃と全く変わりません。
夕食は、ごはんと味噌汁に1プレートのおかずのみ。しかも当時は、お替りも出来なかった記憶があります。
豊大の前借り(日払い)
最初は2000円程度で、しばらくすると週末に3000円位プラスで貰えました。
豊大の仕事内容
仕事内容は、解体工が基本です。他に、産廃業者のごみの仕分けも多いです。
個人経営の設備業者なんかの仕事もあったりしました。最後は、IHI(石川播磨重工)の造船場で働いていました。
豊大の思い出
今の寮が出来た当初に、働き始めました。夕食が簡易的なショボい弁当だったので、「これじゃー腹が減りますよ。こんなんじゃ働けないです!」というと弁当2個を貰ってましたが…。
やっぱり体力が資本なんだから飯くらい沢山食べれないと…と再度言ったのが私。それがきっかけで賄いさんを雇い出来立ての食事が提供されたんです。
元警察官だったという「熊さん」という人物が事実上の運営者(社長ではない)。これが曲者で、情もなく、見た目もヤクザ風でした…。
現場で事故を起こし全治1か月なのに、ろくに病院にも行けず、労災だと言っても何ら保証もなく…。当然、日払いもない。
働いている人間も元犯罪者がめちゃくちゃ多かったです。傷害罪、窃盗で刑務所に入っていた人が多く、刑務所上がりの人間を受け入れる会社でもありました。
その他「セイブ」
私が解体工の日雇い人夫(1日単位の解体派遣の様なもの)で働いたのは上記の3つです。
しかし、もう一つありまして、それが愛知県名古屋市南区元鳴尾町にある「セイブ」という解体工の日雇い会社。
夕方に入寮しましたが、ご飯もまずくて、寮の部屋も蜘蛛の巣が張り巡っていたため、働かずに夜逃げしました。
まとめ
解体工の日雇い人夫は、初心者で1日9000円程度です。労働時間は8~17時ですが、午前と午後に20分くらいの休憩と、昼1時間の休憩が基本で、実質7時間労働と言った感じ。
飲み物も、解体する家の主がジュースやお菓子を用意してくれたり、解体工のトップが全て奢ってくれたり、意外とメリットもあります。
寮費や日払いも大体同じですが、食事だけは結構な違いがあります。名古屋近辺では、日本工業が全てにおいて圧倒するほど優良でした。
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